
――ひとり出版社に学ぶ、縮む市場で選ばれる側に回る方法
書店は、20年で半分になりました。
全国の書店数は約1万店。出版不況という言葉は、もはやニュースにもなりません。
ところが、奇妙なことが起きています。
この5年で、出版社が200社以上「増えて」いるのです。
増えているのは、少人数で本を作る「ひとり出版社」。事業者数は右肩上がりで、この5年で200社以上増えたと報じられています。小さな出版社をつなぐ「版元ドットコム」の会員社数も640社と、5年で56%増えたそうです。しかも、細々と生き延びているのではありません。奈良弁で訳した万葉集シリーズは累計27万部。児童書「放課後ミステリクラブ」は第1巻だけで14.1万部。「鬱の本」という、大手の企画会議ではまず通らないであろうタイトルの本が、2万部売れています。
業界全体は縮んでいる。それでも、新規参入が増え、ヒットも出ている。
この矛盾は、価格競争や市場縮小に悩む中堅企業にとって、無視できないヒントを含んでいます。結論を先に置きます。
「斜陽」なのは業界の平均であって、あなたの会社の運命ではありません。彼らは縮む市場で戦わず、市場の中に別の土俵を作っています。
この記事では、その土俵の作り方を、報道された事実をもとに5つに分解します。
前提となる事実
報じられている内容から、構造に関わる事実を整理します。
大手出版社の流通は、取次を経由して書店に新刊が自動的に配送されるモデルです。書店は注文不要で、売れ残れば返品できる。返品率は約3割にのぼるとされます。収入配分は出版社69%、取次9%、書店22%といわれています。
一方、小規模出版社の多くは書店との直接取引です。書店が自ら発注し、返品なしの条件が多いようです。配分は出版社60〜70%、書店30〜40%。書店の取り分が大きく、出版社は返品リスクから解放されます。
そして書店は半減した一方で、カフェや雑貨店など「本を取り扱う店」はむしろ増えています。
視点1 業界の「平均」と、自社の戦略を切り離した
出版不況とは、業界全体の売上合計が縮んでいるという「平均の話」です。
平均が下がっている市場でも、その内訳を見れば、伸びている構造と縮んでいる構造が混在しています。縮んでいるのは、マスに向けて大量に刷り、大量に返品される従来モデル。伸びているのは、確実に届く相手に確実に届ける小さなモデルです。
ひとり出版社の増加は、「出版業が儲からなくなった」のではなく、「従来のやり方が儲からなくなった」ことの証明と読むべきです。
私たちがご相談を受ける中堅企業でも、「業界自体が斜陽なので」という言葉をよく伺います。しかしその「業界」とは、たいてい従来の商流・従来の顧客・従来の売り方の合計値のことです。
市場が縮んでいるのか、それとも「今のやり方」が縮んでいるのか。この2つは、分けて考える必要があります。
視点2 業界標準の流通から、降りた
大手の委託流通は、一見すると恵まれた仕組みです。取次が全国の書店に自動で配ってくれる。
しかしその代償として、書店は「注文していない本」を受け取り、3割が返品される。棚に置かれても、選ばれて置かれたわけではありません。
ひとり出版社の直取引は真逆です。書店が自分の意思で発注し、返品しない前提で仕入れる。つまり棚に並んだ時点で、その本はすでに書店員に「選ばれて」います。売り場に立つのは、配られた本ではなく、選ばれた本。この違いは、店頭での扱われ方に直結します。
これは前回のコラムで取り上げたOSAJIが、業界標準のオーガニック認証をあえて取らなかった話と同じ構造です。業界標準のインフラや商習慣に乗ることは、効率と引き換えに、「その他大勢」と同じ扱われ方を受け入れることでもあります。
標準の商流に乗るとは、比較される列に並ぶことです。列から降りた者だけが、選ばれ方を設計できます。
視点3 「みんな」ではなく、「誰か」に売った
報道の中に、印象的な言葉がありました。書店側に「とがった本」を求めるニーズがある、という指摘です。
大手出版社は、規模の宿命として「なるべく多くの人が買いそうな本」を作らざるを得ません。すると各社の棚は似てきます。書店、とくに個性で生き残ろうとする独立系書店にとって、どこにでもある本は差別化になりません。
「鬱の本」が2万部売れた事実は、この構造の中で読むべきです。万人向けでは決してない。しかし、必要とする「誰か」には深く刺さる。そして、その誰かに深く刺さる本こそ、書店が棚に置きたい本になっている。
とがることはリスクではなく、小さなプレーヤーにとっては流通の入場券になっているのです。
「誰にでも売れるもの」は、大手の土俵です。「誰かに深く刺さるもの」だけが、小さな会社を選ばれる側に回します。
視点4 販路を「業態」ではなく「文脈」で数え直した
書店は半減しました。「本の売り場が半分になった」と読めば、絶望的な数字です。
しかし記事が伝えるもうひとつの事実は、カフェや雑貨店など、本を取り扱う店が増えていることです。ひとり出版社は書店だけでなく、こうした場所へ販路を広げています。
つまり彼らは、販路を「書店という業態」で数えるのをやめ、「本と出会いたい人がいる場所」という文脈で数え直しました。コーヒーを飲みながら過ごす時間、雑貨を選ぶ時間は、本と相性のいい時間です。業態の統計では市場は半減していても、文脈で見れば接点はむしろ増えている。
御社の「販路」は、何で数えられているでしょうか。業界の慣習で決まった卸先・チャネルの数でしょうか。それとも、顧客が御社の価値を必要とする場面の数でしょうか。
販路は業態で数えると減り、顧客の文脈で数えると増えることがあります。
視点5 小さいまま、束になった
ひとり出版社は、孤軍奮闘しているわけではありません。
版元ドットコムには640社が集まり、書誌情報の発信などを共同で行っています。出版社と書店をつなぐ合同商談会やイベントも各地で相次ぎ、書店を始めて半年の店主が仕入れる本を探しに来る。1社では持てない「見つけてもらうためのインフラ」を、束になって持っているのです。
注目すべきは、束になっても各社は小さいままだという点です。合併して大きくなるのではなく、独立性ととがりを保ったまま、共通機能だけを共有する。大きさの経済ではなく、つながりの経済です。
中堅企業にとっても、同業や周辺業種との共同ブランディング、合同展示会、地域単位での発信は、単独では届かない認知を束で獲得する現実的な選択肢です。
規模がないことは、束になれないことを意味しません。小さいまま束になる設計が、単独の限界を超えさせます。
「出版は特殊だから」への反論
ここまで読んで、「本は文化的な商品だから成立する話で、うちの業界には当てはまらない」と感じた方もいるかもしれません。
半分は正しい指摘です。確かに本には、作り手の顔が価値になりやすい特性があります。
しかし数字を見てください。返品なし直取引という利益構造、27万部・14万部という商業的成果。これは情緒の話ではなく、流通設計と顧客選定の話です。そして「業界標準から降りる」「誰かに深く刺さる」「文脈で販路を数え直す」「束になる」は、いずれも商品が本である必要のない原則です。
むしろ出版は、市場縮小・チャネル半減・大手寡占という、多くの業界がこれから直面する条件を先に経験している業界です。先行事例として読まない手はありません。
自社に引きつけるための3つの問い
紙を一枚、ご用意ください。
問い1 自社が「斜陽」と感じている数字は、業界の平均でしょうか。それとも自社の商流に固有の数字でしょうか。切り分けて書き出してみてください。
問い2 業界標準の商流・商習慣のうち、「効率と引き換えに、その他大勢として扱われる原因」になっているものはどれでしょうか。
問い3 御社の商品を「深く必要とする誰か」を、一人の顔が浮かぶまで具体的に書けるでしょうか。そしてその人がいる場所は、今の販路リストに入っているでしょうか。
まとめ
書店が半減した業界で、出版社が増えている。この逆説の正体は、業界の平均と自社の戦略を切り離し、標準の商流から降り、誰かに深く刺さるものを作り、販路を文脈で数え直し、小さいまま束になった会社たちの存在でした。
縮む市場で消耗している会社と、縮む市場の中に自分の土俵を見つけた会社。分けているのは、規模でも業種でもなく、土俵の選び方です。
御社はいま、誰が作った土俵の上で戦っているでしょうか。
この視点で自社の市場を見直したとき、何が見えてくるか。御社の状況に合わせた土俵の設計については、ぜひ一度ご相談ください。


