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コラム

なぜ群馬の「めっき工場」のコスメが、高級ホテルに選ばれるのか

――OSAJIに学ぶ、比較されないブランドのつくり方

めっき工場が、コスメをつくる。

そう聞いて、どんな印象を持たれるでしょうか。

先日、日光の金谷ホテルに宿泊した際のことです。洗面台に置かれていたアメニティが「OSAJI(オサジ)」。いま美容感度の高い層から支持を集めるスキンケアブランドです。星野リゾートをはじめとする高級ホテルでも採用が広がっていると報じられ、都心のルミネや伊勢丹に直営店を構え、2026年4月には京都に旗艦店「お匙 京都」を開業しました。

このブランドの母体は、化粧品会社ではありません。1959年創業、群馬県高崎市の金属表面処理――つまり「めっき加工」の会社、日東電化工業です。

化粧品は、資生堂や花王といった巨大企業と、無数の海外ブランド、D2Cブランドがひしめく激戦区です。広告予算でも研究開発費でも、地方の中堅メーカーが正面から戦える市場ではありません。

それでもOSAJIは、選ばれています。しかも、値引きではなく、指名で。

なぜか。結論を先に置きます。

OSAJIは「良い化粧品」を作って勝ったのではなく、「化粧品を選ぶ基準」そのものをずらして勝っています。

この記事では、その基準のずらし方を、公表情報をもとに5つに分解します。そして、化粧品業界とは無縁の中堅企業でも持ち帰れる問いに変換します。

前提となる事実

感覚論を避けるため、確認できる事実を先に並べます。

日東電化工業は金属表面処理=金属イオン(ミネラル)を扱う技術の会社として創業。2004年、ヘルスケア事業部を立ち上げ化粧品の製造販売を開始し、2017年にOSAJIを創立、東京・谷中に一号店を開きました。ブランドを率いる茂田正和氏は音楽業界の技術職を経て2001年から化粧品開発の道へ。2023年には事業分割され株式会社OSAJIとなり、丸紅などと資本提携しています。「日本のテロワール(産地の個性や特徴)を感じられる化粧品」を目標に掲げる企業として、メディアでも取り上げられています。

視点1 技術を「別の意味」で読み直した

めっき加工と化粧品。一見、何のつながりもありません。

しかし日東電化工業は、自社の技術をこう読み替えました。めっきとは金属イオン=ミネラルを扱う技術である。そしてミネラルは、皮膚とも深く関わる。さらに、めっき業で培った排水処理などの製造ノウハウがあれば、化粧品を外注せず自社製造できる――。

つまり同じ技術資産を、「金属を錆から守る技術」ではなく「ミネラルを扱い、製造をやり切れる技術」として再解釈したのです。

多くの企業は、新規事業を考えるとき「自社に何ができるか」を今の業界の言葉で数えます。しかし資産の価値は、どの文脈に置くかで変わります。

新規事業の種は、新しい技術ではなく、既存技術の「新しい読み方」の中にあります。

視点2 他人の認証ではなく、自分の基準を立てた

ここがOSAJIのブランディングの核心だと、私たちは見ています。

自然派コスメの世界では、国際的なオーガニック認証を取得することが信頼の定石とされています。ところがOSAJIは、公式サイトで明言しています。国際的なオーガニック認証は受けていない。認証基準の中で許される成分では、真に安全なものが作れないと考えているからだ、と。

背景には創業の原点があります。茂田氏の母は自然志向で植物由来の化粧品を愛用していましたが、交通事故後のストレスから皮膚疾患を起こし、その化粧品が使えなくなった。「食べて安全なものは肌にも安全」という常識への疑問から、自宅のキッチンで化粧品づくりが始まりました。「植物は必ずしも人の皮膚に安全とは限らない」という、業界の空気とは逆の科学的立場が、ブランドの背骨になっています。

認証とは、他人が作った基準です。取得すれば安心を借りられますが、同じ認証を持つブランドと同じ棚に並ぶことでもあります。OSAJIは借り物の安心を捨て、「なぜ取らないのか」を語れる自分の基準を立てました。結果として、認証マークの比較ではなく、哲学への共感で選ばれる立ち位置を得ています。

業界標準の資格や認証に並ぶことは、安心の獲得であると同時に、比較される列への参加でもあります。

視点3 スペックを語らない、という訴求

報道の中で興味深かったのは、OSAJIが特定の成分の効能をほとんど訴求しない、という点です。成分による効能情報が氾濫するなかで、「先入観なく自分に合ったものを選んでもらいたい」という考え方が紹介されていました。

化粧品業界の広告は「◯◯成分配合」の連呼が常識です。その言葉で語れば語るほど、顧客の頭の中では成分表の比較、つまりスペック比較が始まります。スペック比較の行き着く先は、価格比較です。

OSAJIは、その連鎖の入口を断っています。語るのは成分の優位性ではなく、皮膚と心の関係、生活の心地よさ。「アンチエイジング」ではなく「ウェルエイジング」という言葉を選ぶのも同じ思想です。老化と「戦う」化粧品は効果の大小で比較されますが、年齢と「うまく付き合う」ための化粧品は、生き方への共感で選ばれます。

これはBtoBにもそのまま起こる現象です。技術力や精度や納期を語るほど、見積書の数字で比較される。私たちがご支援する中堅企業の多くが、この構造の中にいます。

自社の何を語るかは、顧客に何で比較されるかを決めています。

視点4 広告ではなく、「最高の使用文脈」で出会わせた

私たちがOSAJIを手に取ったのは、広告でもSNSでもなく、金谷ホテルの洗面台でした。

これは偶然ではなく設計です。星野リゾートなど高級ホテルでのアメニティ採用が広がり、音楽業界の関係者の間でも使用感が評判となり、口コミで認知が広がってきたと報じられています。

旅先のホテルは、心身がほどけ、時間に余裕があり、非日常の審美眼が開いている状態です。「心地よさ」を価値とするブランドにとって、これ以上ない初回体験の文脈と言えます。広告は「知らせる」ことはできますが、文脈は選べません。OSAJIは知らせる前に、どんな気分のときに出会ってほしいかを選びました。

中堅企業にとっての示唆は明確です。展示会のブースで名刺交換した相手と、顧客の成功事例の現場で自社を知った相手では、同じ会社がまったく違って見えます。

認知の量を増やす前に、出会いの質――顧客がどんな状態のときに自社と出会うか――を設計する余地があります。

視点5 名前と物語に、哲学を収納した

OSAJIという名前は、江戸時代に将軍や大名に仕え、匙で薬を調合した医師「お匙」に由来します。皮膚を美容だけでなく健康を司る器官と捉え、現代の「お匙」でありたい――名前を聞かれるたびに、ブランドの思想が語られる構造になっています。

母のエピソードに始まる創業の物語、「日本のテロワールを感じられる化粧品」という目標、日本の伝統色を基本にしたデザイン、そして世界観を体現する京都の旗艦店。個々の施策がバラバラの販促ではなく、一本の物語の各章として積み上がっています。

物語は、機能と違ってコピーできません。競合が同じ成分を配合することはできても、同じ来歴を持つことはできないからです。

機能は真似されますが、物語は構造的に真似できません。

「カリスマがいたからだ」への反論

ここまで読んで、こう感じた方もいるかもしれません。「茂田氏のような才能ある人物がいたから成立した話で、うちには無理だ」と。

半分は事実です。確かに属人的な感性が寄与しています。しかし、5つの視点を見返すと、いずれも才能ではなく判断です。技術をどう読み直すか。他人の基準に乗るか降りるか。何を語り、何を語らないか。どこで出会わせるか。名前に何を込めるか。これらはすべて、経営者が今日から検討できる選択の問題です。

むしろ注目すべきは、この判断の積み重ねが、広告物量の勝負が始まる前に行われていたことです。比較基準が変わっていない商品にいくら広告費を注いでも、価格競争が拡大するだけです。順序は、基準が先、露出が後です。

自社に引きつけるための3つの問い

読んで終わりにしないために、紙を一枚ご用意ください。

問い1 自社の技術や資産は、今の業界の言葉以外で読み直すと、何を扱う技術と言えるでしょうか。

問い2 自社が当然のように取得・掲載している資格、認証、実績表記のうち、「競合と同じ列に並ぶための表記」はどれでしょうか。

問い3 理想の顧客は、どんな状態・どんな場面で自社と出会うのが理想でしょうか。そして今の出会い方は、それとどれだけずれているでしょうか。

3つの問いに共通するのは、「もっと良くする」ではなく「何と比較されるかを変える」という発想です。

まとめ

OSAJIは、化粧品の性能競争に勝ったのではありません。めっき技術をミネラルの技術と読み直し、認証の列から降りて自分の基準を立て、成分ではなく思想を語り、最高の文脈で出会わせ、すべてを一つの物語に収納した。その結果、顧客がこのブランドを見る基準そのものが変わりました。

そして冒頭の問いに戻ります。御社は今、顧客から「何と」比較されているでしょうか。その比較のされ方は、御社が選んだものでしょうか。それとも、いつの間にか決められていたものでしょうか。

この視点で自社を見直したとき、何が見えてくるか。御社の状況に合わせた具体的な基準のずらし方については、ぜひ一度ご相談ください。

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