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値上げが通る会社と、通らない会社の違い

値上げが通る会社と、通らない会社の違い

――交渉の席は9割に用意された。それでも半分しか通らない理由

交渉の席は、9割に用意されました。

通ったのは、半分です。

中小企業庁が受注側の中小企業に行った2026年3月時点の調査では、取引先との「価格交渉が行われた」割合は90.7%に達しました。ところが、コスト上昇分を実際に価格へ反映できた割合(価格転嫁率)は54.2%にとどまったと公表されています。

2026年は、値上げの年です。飲食料品の値上げは判明分だけで2万品目を超え、2年連続で2万品目台に乗ったと集計されています。1月には下請法が改正されて「取適法(中小受託取引適正化法)」となり、発注側が価格協議に応じないまま一方的に代金を決めることは、明確に問題とされるようになりました。

つまり、交渉の席そのものは、法律と社会の空気が用意してくれる時代になった。それでも、半分は通らないのです。

私たちが日々ご相談を受ける中堅・中小企業の経営者の方々も、この「席はあるのに通らない」壁の前で立ち止まっています。

結論を先に置きます。

値上げが通るかどうかは、原価の説明では決まりません。顧客が「何と比べて」その価格を見ているか、そして上げた分だけ「何が増えたか」で決まります。

この記事では、値上げが通る会社と通らない会社を分ける5つの差を整理し、次の交渉にそのまま持ち込める形に変換します。

前提となる事実

公表されている数字を整理します。

中小企業庁の調査(2026年3月時点)では、価格交渉の実施率が90.7%、価格転嫁率が54.2%。コストの種類別に見ると、原材料費55.7%、労務費50.0%、エネルギーコスト48.9%で、人件費や光熱費のような「目に見えにくいコスト」ほど価格に反映しにくい傾向が読み取れます。また、全額の転嫁に至らなかった企業のうち、発注側から「納得できる説明があった」と答えた企業は約6割にとどまったとされています。

一方、外食大手の日本マクドナルドは2025年3月に約4割の商品で10〜30円の値上げを行いながら、2025年の全店売上高は前年比7.2%増の8,886億円と過去最高を更新し、既存店の客数も前年を上回ったと開示しています。

値上げで客を失う会社と、値上げしても客が増える会社。この差はどこから来るのでしょうか。

視点1 原価の説明は、顧客に「比較」を始めさせる

値上げの説明で最も多いのは、原価の話です。原材料が上がった、電気代が上がった、人件費が上がった。どれも事実で、どれも正当です。

しかし、原価の説明には構造的な落とし穴があります。原価の話をされた顧客の頭に浮かぶのは、「他社も同じ条件のはずだ。では、他社はいくらなのか」という問いだからです。

経済学では、値上げで需要がどれだけ減るかを「需要の価格弾力性」と呼び、代わりになる商品や取引先が多いほど、わずかな値上げでも顧客は乗り換えやすくなるとされています。原価の説明は、顧客に代わりを探す理由を与えてしまうのです。

裏を返せば、値上げが通りやすい会社とは、顧客にとって代わりが思い浮かばない会社です。そしてそれは、交渉の当日ではなく、それまでの何年もの間に決まっています。これがブランディングと価格が切り離せない理由です。

値上げの成否は、交渉の前に「代わりがいるか」で決まっています。

視点2 分母を上げるなら、分子を上げる

日本マクドナルドが値上げ後も客を増やせた理由について、同社のトップ(当時)はインタビューで、顧客が感じる価値とは店での体験の総合を価格で割ったものだ、という趣旨の考え方を語っていました。

価格は分母です。分母だけを上げれば、価値は必ず下がります。だから分母を上げるなら、分子——商品の魅力、注文の便利さ、提供の速さ——も同時に上げる。同社がモバイルオーダーやドライブスルーの速度、メニュー開発に投資を続けてきたのは、この式の分子を上げる取り組みだと読むことができます。

値上げを「価格の話」として扱う会社は、分母だけを動かします。値上げを「価値の話」として扱う会社は、分子を先に動かし、その結果として分母を動かします。

値上げとは、価格を上げることではなく、上げた分子を価格に反映することです。

視点3 全部は上げない。「価格の顔」は守る

値上げが通る会社は、全商品を一律には上げません。

顧客はすべての値段を覚えているわけではなく、覚えているのはその会社の「値段の顔」になっている一部の商品だけだからです。スーパーで言えばチラシの目玉になる卵や牛乳、B2Bで言えば見積書の最初の行にある主力品や、競合と比べられやすい標準品です。

この「価格の顔」は守り、比べられにくい周辺——付帯作業、特注対応、短納期対応、保守——で適正な価格を取る。小売の世界で古くから使われてきたこの考え方は、B2Bにもそのまま当てはまります。一律値上げは、すべての商品を同時に比較の場へ引きずり出してしまいます。

顧客が覚えている値段はごく一部。値上げは、覚えられていない場所から始めます。

視点4 心理的な「段」をまたがない

同じ値上げ幅でも、通りやすさは違います。980円が1,050円になるのと、1,100円が1,170円になるのとでは、同じ70円でも受け止め方がまったく違う。前者は「1,000円」という境目をまたいでいるからです。

人は価格を1円単位ではなく、1,000円台、1万円台、100万円台といった「段」で捉えています。段の中の値上げは許容されやすく、段をまたいだ瞬間に急に重く感じられる。だから値上げ幅そのものより、「どの段に着地させるか」を先に決めることが重要です。段をまたぐしかない場合は、その瞬間に視点2の分子を最大化する——新仕様、新サービス、新しい呼び名と同時に行う——のが定石になります。

値上げで一番重いのは、金額ではなく「段」をまたぐ瞬間です。

視点5 「お願い」ではなく、相手が社内で通せる「理由」を渡す

B2Bの値上げ交渉には、見落とされがちな登場人物がいます。取引先担当者の上司と購買部門です。

担当者は、値上げを受け入れたあと、それを社内で説明しなければなりません。つまり担当者が本当に必要としているのは、受注側の苦しい事情ではなく、稟議書に書ける理由です。「原価が上がったので、なにとぞ」は、担当者に何も持たせません。「この仕様変更で不良率が下がる」「この納期保証で在庫が減る」は、そのまま社内説明の材料になります。

先の調査で、全額転嫁に至らなかった企業のうち発注側から納得できる説明を受けたのは約6割にとどまっていました。説明の材料を探しているのは、受注側だけではありません。発注側もまた、上に説明できる材料を必要としているのです。

値上げ交渉で渡すべきは、こちらの事情ではなく、相手が社内で通せる理由です。

「うちは下請けだから価格は決められない」という誤解

ここまで読んで、「大企業ならできる。うちは取引先に価格を決められる立場だ」と感じた方もいるかもしれません。

その前提は、2026年に大きく変わりました。取適法の施行で、発注側が協議に応じずに代金を一方的に決めることは問題とされ、交渉の実施率は9割に達しています。席は、もうあるのです。

問題は、その席に何を持っていくかです。原価表だけを持っていけば、比較される側として座ることになります。増やした分子、守った価格の顔、相手が稟議に書ける理由を持っていけば、選ばれた取引先として座ることになる。法律が保証してくれるのは席までで、通るかどうかは、今も昔も理由で決まります。

自社に引きつけるための3つの問い

紙を一枚、ご用意ください。

問い1 主要な取引先を1社思い浮かべ、「自社が値上げしたら、その会社は代わりにどこを検討するか」を正直に3社書いてください。すぐに3社書けるなら、それが値上げが通りにくい本当の理由です。

問い2 自社の商品・サービスを「顧客が値段を覚えているもの」と「覚えていないもの」に分けてください。値上げの検討は、後者から始めます。

問い3 次の交渉で、相手の担当者が上司に説明するときに使える一文を書いてください。「〜なので、この価格でも御社にとって得です」の形で書けたら、それが交渉の主役になります。

まとめ

価格交渉の席は、9割の会社に用意されました。通ったのは半分でした。分けていたのは、立場の強さでも会社の規模でもなく、原価ではなく比較の相手を見ていたか、分母と一緒に分子を上げたか、価格の顔を守ったか、段を意識したか、相手に理由を渡したか、という5つの差です。

値上げを「お願い」する会社は、価格の話をしています。値上げの「理由」を作れる会社は、価値の話をしています。

次の値上げ交渉、御社は「お願い」をしに行くのか、それとも「理由」を届けに行くのか。値上げが通る「理由」——顧客にとって代わりが思い浮かばない価値——の設計については、ぜひ一度ご相談ください。

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